西新宿 百人町 新宿周辺情報

西新宿、百人町を中心とし、またその周辺のおいしいお店や便利な施設の紹介や地域への様々な告知

カテゴリ: 公共施設(神社、寺)

靖国神社骨董市靖国神社に用事があったので、ついでに骨董市を見てきました。

この日は、天気もよく骨董見学日和でした。

 

 

骨董といっても管理人は、ほとんど目利きがなくわかりませんが、「あっ!こんなのあったよなぁ〜」なんて、昔の懐かしい道具やおもちゃなどたくさんの品々が出品されているので、わからなくてもそれなりに楽しめます。

 

骨董市1骨董市2

外人さんは、こういうのもが結構好きなようですね。

槍・火縄銃・刀ですね。

 

 

 

骨董市4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

骨董市3

この日は、ちょっと変わった湯のみがあったら買おうと思いましたが、大きさやデザインの気にいったのが見つかりませんでした。

値段は付いていないので、交渉しだいなんでしょうね。

 

 

骨董市5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

招き猫やキューピーちゃんの中に、鉄兜が無造作に置いてありあます。

昔のものは、おもしろいデザインがあるので、現代では新鮮に感じるものもありますね。

皆さんもたまには、忙しい生活を一時忘れ、骨董市に出かけ古いものを見て、その頃の時代の楽しいことを思い出してみてはいかがでしょうか。(悪い思い出もあるかの知れませんが・・・)

次回にづづく。

 

靖国神社 青空骨董市

日時 毎週日曜日 日の出〜日没まで

        

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新宿区役所通り沿いにあります「稲荷鬼王神社」さんです。

日本最大の歓楽街「歌舞伎町」の中に存在する不思議な空間です。近くには新宿ゴールデン街があります。

鬼王神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江戸時代より豆腐を備えれば、湿疹・腫れ物に特効があるといわれています。

 

天水窟天水琴説明板雨の水を利用する天水窟・天水琴(てんすいきん)があります。

 

 

 

 

 

水鉢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水鉢案内鬼王神社の水鉢です。

うずくまった姿の鬼の頭上に水鉢を乗せた珍しい様式で、区内に存在する水鉢の中でも特筆すべきものです。(案内板より)

 

平成19年の例大祭は、9月18日に行なわれます。

 

稲荷鬼王神社

所在地  東京都新宿区歌舞伎町2-17-5

TEL    03−3200−2904

 

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正受院新宿二丁目にあります「正受院」さんです。

当院は正式には「明了山正受院願光寺」といい、文禄3年(1594年)に創建されました。

 

 

奪衣婆像奪衣婆像案内板 当院に入ってすぐ右側に、「奪衣婆像」があります。子供の咳止め、虫封じに霊験があるといわれ、咳止めの祈願のお参りに綿を奉納し、お像にかぶせました。

 

奪衣婆像本体

嘉永二年には、参詣客が絶えない流行神と称されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

平和の鐘2平和の鐘案内板

院内奥に進むと、戦後一時アメリカに持ち去られ、昭和37年に返還された、「平和の鐘」があります。

 

 

 

 

平和の鐘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正受院

所在地  東京都新宿区新宿2-15-20

TEL    03−3341−1416

開門時間 9:00〜17:00

  

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新宿の青梅街道沿いにあります、常園寺さんです。道路反対側には、新宿野村ビルがあります。近代的な高層ビル街とは対照的に、ひっそりと違う空間が存在しています。ここだけは、ゆっくりと時を刻んでいます。

新宿 常園寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは、日蓮宗の寺院で、天正13年(1585年)に日立上人によって創建されました。

常園寺門狂歌碑

 

寺の入口を入った右側に、新宿区指定史跡であります「便々館湖鯉鮒狂歌碑」(べんべんかんこりふきょうかひ)があります。

江戸時代中期の狂歌師であります。本名は、大久保正武といい、牛込山吹町に住み、始めは福隣堂巨立と号し、のちに便々館と改めた。

狂歌碑には代表作で、「三度たく米さへこはしやはらかし おもふままにはならぬ世の中」が刻まれています。(境内案内板より)

 

常園寺

所在地 東京都新宿区西新宿7-12-5

 

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明治通りを越えた靖国通りの右手にあります「成覚寺」さんです。

新宿 成覚寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新宿の遊女が死ぬとさらし木綿や米俵に包まれて、この寺に放りこまれた「投げ込み寺」で知られています。

子供合埋碑

境内を入り、左手奥に「子供合埋碑」があります。(新宿区指定有形文化財歴史資料)

これは、江戸時代の内藤新宿にいた飯盛女(めしもりおんな・子供と呼ばれていた)達を弔うために、万延元年(1860)に旅籠屋中で造立したもので、惣墓と呼ばれた共葬墓地の一角に建てられた墓じるしです。

飯盛女の抱えは、実質上の人身売買で、抱えられるときの契約は年季奉公で年季中に死ぬと哀れにも投げ込むようにして葬られたそうです。(境内案内板より)

 

 

旭地蔵

子供合埋碑の向かって左手奥にあります「旭地蔵」です。(新宿区指定有形文化財歴史資料)

地蔵の台下には、宿場内で不慮の死を遂げた人達の18人戒名が記されています。そのうち七組の男女はなさぬ仲を悲しんで心中した遊女と客達であると思われています。

これらの人々を供養するため寛政12年七月に宿場中が合力し、今の新宿御苑北側を流れていた玉川上水に建立されました。別名「夜泣き地蔵」と呼ばれていたとも伝えられています。

明治12年(1879)に道路拡張のためここに移設されました。(境内案内版より)

 

恋川春町の墓

旭地蔵の隣に、江戸時代中期に活躍した浮世絵師・※1狂歌師・※2戯作者の恋川春町(こいかわはるまち)の墓があります。(新宿区指定史跡)

本名は、倉橋格(くらはしいたる)俗称を寿平といい、江戸小石川春日町に住んでいたところから恋川春町というペンネームをつけました。

自画自作の「金々先生栄華夢」でのちに※3黄表紙(きびょうし)といわれるジャンルを開拓し、一躍売れっ子作家となりました。

 

※1社会風刺や皮肉、滑稽を盛り込んだで構成した短歌(和歌)のパロディ形式

※2近世後期、18世紀後半頃から江戸で興った読物の総称。

※3江戸時代中期の1775年以降流行した草双紙(くさぞうし・一種の絵本)のジャンルの一つ。

 

成覚寺

所在地  東京都新宿区新宿2-15-18

 

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JR「大久保駅」北口より大久保通りを中野方面に徒歩10分ぐらいのところにあります、鎧神社さんです。境内は、場所のわりには広いし、保育園もあります。

新宿 鎧神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎧神社 本殿江戸時代までは、「鎧大時明神」と称しました。

」の社名は、伝説によると日本武尊命が東征してきた際に、この地に甲冑六具を納めたことによるものといわれています。

また別の説によると、天慶2年(939年)平将門が兵を挙げて関東8ヶ国を制圧すると、「藤原秀郷」が平貞盛と連合して、天慶3年(940年)2月、将門の本拠地である※2下総国猿島郡を襲い将門を滅ぼしました。その後、将門を慕う人々が将門公の鎧をここに埋めたといわれます。

また他の説として、将門の残党を追ってこの地に来た藤原秀郷が、病に苦しみ境内に将門の鎧を埋めてその霊を弔ったところ病いが全快したなどともいわれています。

※1幼い頃京都の近郊の田原の地に住んでいたことから、別名「俵藤田(田原藤太)たわらのとうだ」とよばれました。

※2下総国(しもうさのくに)とは、かつて日本の地方行政区分だった国の一つで、領域は千葉県北部・茨城県南部・埼玉県東辺・東京都東辺にまたがりました。

 

狛犬2

天神社

狛犬1

 

 

 

 

 

 

 

鎧神社境内にあります「天神社」です。ここに、享保6年(1721年)に奉納された素朴な狛犬があります。「狛犬型庚申塔※3(こまいぬがたこうしんとう)」として、新宿区指定有形民俗文化財になっています。向かって左が「雌」、右が「雄」です。

※3庚申塔とは、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰にもとづいて建てられた石塔のこと。

なお、19年鎧神社例大祭は、9月17、18日におこなわれます。

鎧 神 社

所在地  東京都新宿区北新宿3-16-18

 

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太宗寺案内板新宿通りの都営バス「新宿二丁目」のバス亭の横の通りを入ったところに、太宗寺さんがあります。

このお寺は、敷地も広く重要な文化財もたくさんあり、結構見ごたえがあるので、散歩がてらに行ってみてください。

太宗寺は、このあたりに太宗という名の僧侶が建てた草案「太宗庵」がその前身で、慶長元年(1596)頃にさかのぼると伝えられています。

太宗は、次第に近在の住民の信仰もをあつめ、現在の新宿御苑一帯を下屋敷として拝領していた内藤家の信望もえました。

新宿太宗寺銅造地蔵

寺の門をくぐると右側に、大きな地蔵があります。

東京都指定有形文化財でもある銅造地蔵菩薩坐像(どうぞうぢぞうぼさつざぞう)です。

銅造地蔵案内板

案内版です。

(クリックすると大きくなります)

 

 

銅造地蔵正面

正面から見ました。

すぐ後ろにマンションがありますので、比べるとだいたいの大きさがわかると思います。

 

 

 

 

閻魔像

閻魔像案内板

閻魔像(えんまぞう)です。 (新宿区指定有形民俗文化財)

(クリックすると大きくなります)

 

江戸時代より「内藤新宿のお閻魔さん」として庶民の信仰をあつめた像で、かつては薮入り(1月と7月の16日に商家の奉公人が休暇をもらえる日)に縁日が出て賑わいました。(パンフより)

 

奪衣婆像奪衣婆像案内板

奪衣婆像(だつえばぞう)です。(新宿区指定有形民俗文化財)

(クリックすると大きくなります)

 

 

 

 

お堂

このお堂の中に、閻魔像と奪衣婆像があります。

普段は、木製の格子戸で閉められていて、中はくらいですが、格子戸のところにスイッチがありますので、押すと電気が点灯しますので、よく見えます。

 

 

彫刻 お堂三日月不動像案内板

この中に、三日月不動像新宿山の手七福神・布袋尊像(ほていそんぞう)があります。

(クリックすると大きくなります)

 

切支丹灯籠

切支丹灯籠(きりしたんどうろう)です。

江戸時代、幕府のキリスト教弾圧策に対して、隠れキリシタンがひそかに拝礼したとされ、織部型灯籠(安土桃山〜江戸初期の大名・茶人古田織部が好んだ灯籠)の全体の形状は十字架を、竿部の彫刻はマリア像を象徴し、マリア観音とも呼ばれます。(解説パンフより)

 

 

 

敷地内には、その他「塩かけ地蔵」があり、願かけの返礼に塩をかける珍しい風習のある地蔵尊です。

新宿区指定有形文化財の絵画の「曼荼羅」(まんだら)・「涅槃図」(ねはんず)・「十王図」(じゅうおうず)がありますが、毎年7月15・16日にのみ公開されます。

 

太宗寺

所在地  東京都新宿区新宿2-9-2

TEL    3356−7731

交通     地下鉄丸の内線「新宿御苑前」より徒歩3分

        都営バス新宿二丁目」より徒歩3分

 

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天龍寺門新宿4丁目にあります、天龍寺さんです。

もともとは、牛込納戸町にあり、江戸城の表鬼門鎮護の上野寛永寺に対し、裏鬼門鎮護の寺とされました。

 

 

天龍寺時の鐘2

新宿区指定有形文化財であります「天龍寺の時の鐘」です。

 

 

 

時の鐘この鐘は、元禄13年(1700年)牧野備後守成貞※1により寄進されたもので、内藤新宿に時刻を告げた「時の鐘」です。

「時の鐘」は、内藤新宿で夜通し遊興する人々を追出す合図であり「追出しの鐘」として親しまれ、また江戸の時の鐘のうち、ここだけが府外であり、武士も登城する際時間がかかったことなどから30分早く時刻を告げたといいます。

なお、上野寛永寺、市ヶ谷八幡とともに江戸の三名鐘と呼ばれました。(案内板より)

※1 江戸時代の大名。館林藩家老、5代将軍徳川綱吉の側用人、下総国関宿藩主

 

天龍寺

所在地 東京都新宿区新宿4-3-19

TEL   3354−1011

交通   ●新宿駅南口より徒歩6分

      ●東京メトロ丸の内線「新宿三丁目」A1口より徒歩5分

      ●都営新宿線「新宿三丁目」C1口より徒歩5分

 

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成子天神社新宿高層ビル街のすぐ近くの青梅街道沿いにあります成子天神社さんです。

神社は、青梅街道より奥に入ったところですが、街道沿いに左記の写真の大きな鳥居立っているので、これが目印になります。

 

 

 

 

成子社殿

創建は、延喜3年(903年)であるといわれています。寛文元年(1661年)に現在地に移転し、柏木地区※の鎮守になりました。

※現在の北新宿1〜4丁目の全域と西新宿の6丁目の一部を除く、西新宿6〜8丁目は、昔は柏木と言う町名でした。

 

力石1力石2力石3

 

 

 

 

 

 

新宿区有形民俗文化財の成子天神社の力石です。こらは、昭和初期まで、毎年9月25日の大祭で、村の若者たちの力くらべに使われたものです。卵形の自然石で40貫(約150圈砲ら58貫余(約218圈砲△蠅泙后(境内の案内板より)

その他、境内奥には、大正9年(1920年)区内で最後に築造された、新宿区登録史跡の富士塚」があり七福神が祭られているそうですが、普段は一般公開されてはいないようです。

 

成子天神社  西新宿

所在地  東京都新宿区西新宿8-14-10

TEL    3368−6933

 

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花園大鳥居新宿花園神社さんです。

花園神社は、新宿の総鎮守として江戸時代に内藤新宿が開かれて以来の街の守り神として祀られています。

 

 

拝殿

花園神社の拝殿です。

もとは、新宿3丁目交差点辺りにありましたが、寛永年間に現在地に移転しました。戦前までは、「花園稲荷神社」と称されていました。社殿は、幾度かの火災で焼失し、再建されてきましたが1965年(昭和40年)に鉄筋コンクリート製に建て替えられました。

 

ゴールデン街

拝殿の左側より抜けますと「新宿ゴールデン街」があります。やはり、ここを通ると違う異空間に入ったような気がします。

今は、もうなくなりましたが「花園三番街」にあったお店で、カウンターだけで8人ぐらい座ると満席で、お客も「劇団員」「フリーライター」「作家志望」「わけわからん奴」など、様々な人がいて、あーだ!こーだ!と言いながら、朝まで飲んだ思い出があります。

新宿ゴールデン街HP

 

芸能

話しがそれましたが、花園神社大鳥居を入って、右奥に「芸能浅間神社」があります。

宇多田ヒカルさんの母親として有名な藤圭子さんの歌「圭子の夢は夜ひらく」の歌碑があります。

 

威徳稲荷威徳稲荷2威徳稲荷3

 

 

 

 

 

 

大鳥居をくぐり右側に「威徳稲荷神社」があります。奉納された赤い鳥居が並んでいて、そこをくぐると威徳稲荷があります。ここは、お子様が欲しい方がお参りする神社なので、女性の参拝者が多いそうです。だから、お稲荷さんには男のあれがあります。

 

 

唐獅子2

鳥居靖国沿い

唐獅子

 

 

 

 

 

 

靖国通り沿いの入口のところに、文政4年(1821年)に造立された雌雄一対の銅製の「唐獅子像」(新宿区有形文化財)があります。内藤新宿の氏子たちより寄進されたもので、江戸末期の鋳工の初代村田整作です。(案内版より)

 

花園神社(はなぞのじんじゃ)  新宿

所在地  東京都新宿区新宿5-17-3

TEL    3209−5265

花園神社ホームページへ

 

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